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zoom RSS ただ一つの道

<<   作成日時 : 2008/10/10 21:58   >>

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念仏一道とも、いわれます。
何物にも邪魔されない、賜ったこの一つの道を確実に歩みましょう。
なんら、不安はありません。阿弥陀様が私たちのために導いてくださる向こうの方からの道です。

同じ仏教でも道はいろいろ在ります。自分の力を信じて自分の力で悟りを得ようと言う道もあれば、加持、祈祷、祈りの道も在ります。念仏の実践もあれば、禅をくむ修行の教えもあります。
人それぞれの生まれてきた環境と能力に応じてお釈迦様は教えをお説きになったのです。
当然、一人に対して縁あるただ一つの道が仏道なのです。
その一つ一つが宗派なのです。
宗教は遠くに置いて感じるものではなく、実践があってはじめて宗教なのです。
それぞれ異なる実践が宗派なのです。

世にいう宗教愛好家と言う人等がいらっしゃいます。いろんな宗派のお話をお聞きして、時にはキリスト教のお話まで、お聞きして、よかれと思うウ事だけをを受け止めて喜べばいいんですよ、と言う。
宗派無視です。実践無視です。いくら多くのお話を聞きましたと誇っていても、実際は、どの話も聞き逃し、どの話も信ずることができませんよと言うことなのではないでしょうか。
身体は一つです。幾つの道を同時に歩もうと言うわけです。どちらの道もただの一歩も進めないはずです。

宗教は生活の中で実践があって初めて、人は救われるのです。
実践無視、では、ただの文学鑑賞ではないでしょうか。

念仏の門徒にとっては、念仏以外にもっと、いいお話があるのではないだろうかと言う、念仏以外の外道は、阿弥陀様への疑いとなります。阿弥陀様の恩に報いる真宗です。疑いは絶対に禁物です。
(念仏をいただきながら、般若心経の勉強なさって、得意がってる方とか、経本を大事にいた抱いてる方とか、とんでもないです。、、と言うような言い方をしましたら、憤慨なさった方が、、どんなに反抗的に語りましても、般若心経の教えは阿弥陀様の教えとはお門違いですぞ、、云々)

葬儀社からはじまって、仏壇屋、石屋さんのパンフレットによく見かける言葉です。
「宗派を問わず」なかには「宗教を問わず」と言うのもあります。
まさに、とんでもないことですね。私の大嫌いな言葉です。
宗派を問うて、商売できないはずはありません。宗派にそって、仏事を施行することが、客寄せの障害になるとは思われないのですが。変なこだわりで、お仕事の資質を低下させてる現実があります。

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