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<<   作成日時 : 2009/01/12 19:14   >>

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念仏では、「親子の関係」と言う事が喩えとして、味わっていただいてますが。
昨今、家庭内の悲惨な事件が多発してます。どうなっているのでしょう?
家庭の崩壊。
茶の間が無くなった、家族そろって食事と言う風景が無くなった。父親の存在が薄くなった、、云々
今風には「リビング」と言う。「リビング」では家族がそろうと言うことは無くなってきてるのでしょうか?
父親はなかなか帰っては来ない。子供も帰りが遅い、みんなすれ違いの家庭生活。
何かが消えて忘れられた「家」。ほっとする場が家から消えてしまった現在。

作成日時 : 2006/05/26 22:43

あさましや、

さいちこころの火の中に、

大悲の親は、寝ずのばん、

もゑるき(機)をひきとりなさる、

をやの御慈悲で。





をやのこころわ、 ふふしぎなこころ、

こをたのしむをやのこころよ、

をやのこころわ、こどもにくるよ。

こどもこころわ、をやにいく、

なむあみだぶにもつれられ。       


妙好人 才市


    


「親」

は念仏の教えでは、阿弥陀様の大悲にたとえられ、親子の関係は他力信仰の核心を描写していると言われます。

一切が「親」の心に収め取られる。そうしてそれが「南無阿弥陀仏」である、と。



佐賀県唐津市のひき逃げ放置事件で、頭蓋(ずがい)骨骨折などの重傷を負い、市内の病院に入院中の小学5年家原毅君(11)が「お母さん」と言葉を発し、ベッドで起き上がったと言う。



この「南無阿弥陀佛」と「お母さん」は同じようなものです。 

皆が「ほっと」する一瞬です。

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