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ブログ紹介
真宗僧侶ですって!!と笑われた旧ブログの再生雑記帳。
「真宗不毛の地」で、「南無阿弥陀仏」
縁無き人は真宗を、私を笑う。
笑うどころか、閉鎖余儀なくされた。


それはそれで、ありがたや  「南無阿弥陀仏」



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タイトル 日 時
復活
復活なるか? ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2018/07/17 21:59
旧ブログ
http://web.archive.org/web/20060227225927/http://namunamu.at.webry.info/ ...続きを見る

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2016/11/23 22:06
名号
作成日時 : 2005/04/13 16:20 ...続きを見る

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2016/09/21 21:54
六を超えた七
作成日時 : 2007/11/05 21:56 「49日法要の、49には何か意味があるのですか?」 「仏教では3とか、7と言う数字を尊んでます」 「3は仏、法、僧とかの3です。 7は六道輪廻の6を一つ超えた数字です。六道輪廻の迷いを超えた悟りの世界を意味してるのではないでしょうか!?49はその7の7倍です」 「、、、。なる、ほ、ど、、。」 一般に七日ごとに生き残ったものが供養を重ね、49日でやっと仏様になれると言うようなことが言われてる。で、49日法要... ...続きを見る

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2016/09/20 21:05
房総のお盆
作成日時 : 2005/08/12 23:33 「本日、お墓参りをしまして、つれてまいりましたので、明日、お盆のお勤めお願いします」と言う。 なにをつれてきたんでしょう? で、16日にはまた、お墓に帰るんだそうな。 で、その間は、お墓にお参りしても意味がないのだと言う。 また、16日過ぎてからは帰ってしまった後なのでお盆のお勤めしても意味が無いのだと言う。 ...続きを見る

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2016/09/02 20:58
親鸞の信仰空間
親鸞が生きた信仰空間を取り戻したい! そもそも、浄土教は人間の本質を、自己制御してどうにかなるものとは見ていない。だから、無限にして純粋なるものへの帰依にょって、すなわち本願力への信頼にょって、救済されようとするのである。しかし、その根拠となる浄土そのものが、長い歴史の手垢に汚れて、まるで死後の霊魂が集う場所のようになっている。その観念を一度解体して親鸞が生きた信仰空間を取り戻したいということ。つまり真の浄土とは、人間が臨終を潜ってのみ触れうるような空間ではないのだ。親鸞は、「臨終まつことなし... ...続きを見る

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2016/08/28 21:39
宇宙の働き
作成日時 : 2006/01/19 阿弥陀とは無量光(はかりしれない光)と、無量寿(はかりしれないいのち)のこと。始まりのない過去から、終りのない未来にいたる永遠のいのち。宇宙のはたらきなのです。 何度もきくことができ、ここにも何度か書いたことですが、。 私のこの命には二人の親があります。その親にもそれぞれに二人の親があります。このようにしてさかのぼります。十代さかのぼると親の数は千二十四人、二十代で百四万八千五百七十六人、三十代では十億七千三百七十四万一千八百二十四人に... ...続きを見る

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2016/08/22 21:44
阿弥陀経 33
作成日時 : 2006/02/20 19:00 諸仏証誠 ...続きを見る

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2016/08/21 21:26
方便法身
作成日時 : 2006/02/17 22:40 ...続きを見る

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2016/08/21 20:47
塔婆
作成日時 : 2005/12/18 22:14 関東地方、冷たい風が強い日でした。こんな日の建碑、納骨法要は大変です。自分は案外大丈夫なんですが、じっと立ってお参りしてる参列者に気を使いながらの勤行になります。 「カタカタ」と他宗派のお墓に見られる「塔婆(卒塔婆)」が音を立ててました。冷たい北風です。まだ雪にならないだけ北陸の皆さんのご苦労に比べれば、申し訳ないくらいなんですが。 ...続きを見る

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2016/08/17 22:05
鶴亀
作成日時 : 2005/12/17 21:38 ...続きを見る

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2016/08/14 20:17
阿弥陀経
作成日時 : 2005/07/18 14:55 還相のぼさつ 仏法は死んでからのお話ではありません。生きた仏法はただ今救われる、ただ今、阿弥陀如来の大きなお慈悲がそそがれ、いだかれてあった、よろこぶ身とならせていただく。 おもえば、それは亡き人のご縁、お育てのたまものであるのです。 いつまでも、亡き人を怪しげな姿(霊)で追いやって、思い悩み案ずるのではなく、ひとえに、浄土から私達をまもりつづけ、大事な事を教えてくだされながら導いてくだされている。 ...続きを見る

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2016/08/10 21:14
阿弥陀経 12
作成日時 : 2005/07/18 14:55 還相のぼさつ 仏法は死んでからのお話ではありません。生きた仏法はただ今救われる、ただ今、阿弥陀如来の大きなお慈悲がそそがれ、いだかれてあった、よろこぶ身とならせていただく。 おもえば、それは亡き人のご縁、お育てのたまものであるのです。 いつまでも、亡き人を怪しげな姿(霊)で追いやって、思い悩み案ずるのではなく、ひとえに、浄土から私達をまもりつづけ、大事な事を教えてくだされながら導いてくだされている。 ...続きを見る

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2016/08/10 21:08
もとの位置
作成日時 : 2005/10/20 22:13 念仏いただいて、ありがたがってるだけでは駄目なのだと言う。仏法を聞いて(念仏いただいて)なにもありがたいことなどない。自分を見つめる処に帰れば、ありがたいこいとなどない、と言うのです。外見はさも人間らしくしていても、我が身の愚かさ、四六時働きづめの煩悩で、自分を棚に上げ人を責めたり、裁いたりしづめの自分なのです。そんな自分が見えてくるのです。 仏法を聞いてあるがたいことは事実ですが、そこに立っているだけではいけないという。... ...続きを見る

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2016/08/08 21:01
阿弥陀経 20
作成日時 : 2005/10/21 17:09 阿弥陀仏に法性法身(ほっしょうほっしん)と方便法身(ほうべんほっしん)の二種の性格を見る。 (曇鸞大師) 法性法身とは宇宙の真如。いろもなくかたちもましまさず、始まりなく終わりない智恵。 そして、この真如より衆生救済の大悲をおこしてくだされいる仏が方便法身です。 法性法身から形をあらわし、み名となって、尽十方の無碍の光をもって救いの活動をされている仏を方便法身の阿弥陀仏と言われたのです。今日の私どもを救い、私たち... ...続きを見る

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2016/08/06 22:41
「慰霊」、「鎮魂」
作成日時 : 2005/10/06 22:23 「慰霊」、「鎮魂」 阿弥陀仏のすべての人を摂め取って捨てない本願を信じ念仏もうして救われる、真宗の教えをいただければ、いずれもありえない言葉です。 亡き人を勝手に霊だの魂だの怪しげな姿に貶め、案じ、慰めたり鎮めたり、そんなことは私共のできることではないですし、思い上がりです。 すでに、大切な事を教えて下されてる亡き人に大変失礼な行為なのです。 本末転倒です。 ...続きを見る

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2016/08/05 22:46
不廻向
作成日2005/05/14 ...続きを見る

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2016/08/03 21:18
足もとを見る
作成日時 : 2005/05/28 ...続きを見る

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2016/08/03 20:51
2005/05/05 22:06 >> 宗教とは、「自分を見つめ」「あるがまま」生きる生活のことです。 宗教(教え)を「鏡」に喩えられます。 法(教え)に照らして、あるがままのわが身を知る。人は、自分の目で自分を見ることができないと同じで、「鏡」(宗教=教え)が無ければ、自分を知ることができないのです。 私に宗教は不要ですと言うことは、自分を知らないで、生きると言うこと。自分のわがままで生きると言うことです。宇宙の道理に逆らい、ちっぽけな自分の世界から抜け出さな... ...続きを見る

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2016/08/02 22:43
かげ膳
作成日時 : 2005/01/21 23:53 これも真宗では、不要です。 ある法要先、霊園の法要棟で、料理屋さんがさも自慢げに、 「かげ膳を、当社からご用意させていただきました、ご霊前に供えさせていただきました」 これも気のきいたサービスを売りにしてるんでしょうが、真宗では「余計なお世話」です。 ...続きを見る

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2016/07/24 22:48

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