救いの光

「変な夢を見て、苦しめられてます。お経をよんでもらいたいんですが」 とか 「引越しで、粗大ゴミがいろいろ。人形だけは魂を抜いてもらわなければ」 とか、 ここ数日にお聞きいした言葉です。 そんなこと、真宗では関係ない。 いだかれてありとも知らずおろかにも われ反抗す大いなるみ手に 九條武子 真の宗教は気休め…
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名号

作成日時 : 2005/04/13 16:20 「お経の練習したいのですが、正信偈でいいんでしょうか」 「そうですね、朝夕のお勤めは、正信偈でいいんですよ、、」 「ただ、どんな長いお経よむより、南無阿弥陀仏の六文字だけでいいんですよ」 「、、、、。」 これで、会話が終わったら、冷たいです、問題…
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六を超えた七

作成日時 : 2007/11/05 21:56 「49日法要の、49には何か意味があるのですか?」 「仏教では3とか、7と言う数字を尊んでます」 「3は仏、法、僧とかの3です。 7は六道輪廻の6を一つ超えた数字です。六道輪廻の迷いを超えた悟りの世界を意味してるのではないでしょうか!?49はその7の7倍…
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房総のお盆

作成日時 : 2005/08/12 23:33 「本日、お墓参りをしまして、つれてまいりましたので、明日、お盆のお勤めお願いします」と言う。 なにをつれてきたんでしょう? で、16日にはまた、お墓に帰るんだそうな。 で、その間は、お墓にお参りしても意味がないのだと言う。 また、16日過ぎてからは帰ってしまっ…
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親鸞の信仰空間

親鸞が生きた信仰空間を取り戻したい! そもそも、浄土教は人間の本質を、自己制御してどうにかなるものとは見ていない。だから、無限にして純粋なるものへの帰依にょって、すなわち本願力への信頼にょって、救済されようとするのである。しかし、その根拠となる浄土そのものが、長い歴史の手垢に汚れて、まるで死後の霊魂が集う場所のようになっている。その観…
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宇宙の働き

作成日時 : 2006/01/19 阿弥陀とは無量光(はかりしれない光)と、無量寿(はかりしれないいのち)のこと。始まりのない過去から、終りのない未来にいたる永遠のいのち。宇宙のはたらきなのです。 何度もきくことができ、ここにも何度か書いたことですが、。 私のこの命には二人の親があります。その親にもそれぞれに二人…
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阿弥陀経 33

作成日時 : 2006/02/20 19:00 諸仏証誠 十方の仏等、衆生の釈迦一仏の説くところを信ぜざることをおそれて、即ち共に同心同時に各々舌相をいだし、あまねく三千世界を覆いて誠実の言を説く、汝ら衆生みなさまに、この釈迦の説くところ、讃 ずるところ証するところ信ずべきなり、一切の凡夫…
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方便法身

作成日時 : 2006/02/17 22:40 真宗の本尊は名号です。 「色も無い、形もない、、(無量寿、無量光)。 実体のある物を礼拝の対象(本尊)としないといのが、浄土教(阿弥陀仏)の特徴なのです。 確実に、伝承され繁盛してきた所以といわれてます。 そこらの、実体ある物や人物を礼拝、信仰の対…
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塔婆

作成日時 : 2005/12/18 22:14 関東地方、冷たい風が強い日でした。こんな日の建碑、納骨法要は大変です。自分は案外大丈夫なんですが、じっと立ってお参りしてる参列者に気を使いながらの勤行になります。 「カタカタ」と他宗派のお墓に見られる「塔婆(卒塔婆)」が音を立ててました。冷たい北風です。まだ雪にならな…
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鶴亀

作成日時 : 2005/12/17 21:38 鶴足切らず、亀足続かざるなり 弥陀の本願には 善人悪人、賢愚の機を嫌はざる義を表す。 (出典不明) 真宗(大谷派)のお内仏(仏壇)に見られる鶴亀の燭台です。 真宗に馴染み無い関東の仏具屋さんでは、これを見たことも無いと言う人がいらっしゃいます。当然販…
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阿弥陀経

作成日時 : 2005/07/18 14:55 還相のぼさつ 仏法は死んでからのお話ではありません。生きた仏法はただ今救われる、ただ今、阿弥陀如来の大きなお慈悲がそそがれ、いだかれてあった、よろこぶ身とならせていただく。 おもえば、それは亡き人のご縁、お育てのたまものであるのです。 いつまでも、亡き人を怪しげ…
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阿弥陀経 12

作成日時 : 2005/07/18 14:55 還相のぼさつ 仏法は死んでからのお話ではありません。生きた仏法はただ今救われる、ただ今、阿弥陀如来の大きなお慈悲がそそがれ、いだかれてあった、よろこぶ身とならせていただく。 おもえば、それは亡き人のご縁、お育てのたまものであるのです。 いつまでも、亡き人を怪しげな…
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もとの位置

作成日時 : 2005/10/20 22:13 念仏いただいて、ありがたがってるだけでは駄目なのだと言う。仏法を聞いて(念仏いただいて)なにもありがたいことなどない。自分を見つめる処に帰れば、ありがたいこいとなどない、と言うのです。外見はさも人間らしくしていても、我が身の愚かさ、四六時働きづめの煩悩で、自分を棚に上…
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阿弥陀経 20

作成日時 : 2005/10/21 17:09 阿弥陀仏に法性法身(ほっしょうほっしん)と方便法身(ほうべんほっしん)の二種の性格を見る。 (曇鸞大師) 法性法身とは宇宙の真如。いろもなくかたちもましまさず、始まりなく終わりない智恵。 そして、この真如より衆生救済の大悲をおこしてくだされいる仏が方便法身で…
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「慰霊」、「鎮魂」

作成日時 : 2005/10/06 22:23 「慰霊」、「鎮魂」 阿弥陀仏のすべての人を摂め取って捨てない本願を信じ念仏もうして救われる、真宗の教えをいただければ、いずれもありえない言葉です。 亡き人を勝手に霊だの魂だの怪しげな姿に貶め、案じ、慰めたり鎮めたり、そんなことは私共のできることではないですし、思…
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不廻向

作成日2005/05/14 仏法には、まいらせ心わろし。是をして御心の叶わんと思う心なり。 仏法のうえは、何事も、報謝と存ずべきなり、、、、云々 蓮如上人御一代記聞書 一般に、仏前では、自己の力、はからい(意思)を頼り、それを仏に振り向ける形が(廻向)重んじられてます。一般に「供養」と言う行為です。 …
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足もとを見る

作成日時 : 2005/05/28 「行くさきむかいばかりみて、足もとをみねば、踏みかぶるべきなり。 人の上ばかりにて、わがみのうえのことをたしなまずは、一大事たるべき」と、 蓮如上人御一代記聞書 自己を省みようとしない私への警鐘です。 人の信心、所作をあれこれ言いますが、自分のことは問題としない、そ…
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2005/05/05 22:06 >> 宗教とは、「自分を見つめ」「あるがまま」生きる生活のことです。 宗教(教え)を「鏡」に喩えられます。 法(教え)に照らして、あるがままのわが身を知る。人は、自分の目で自分を見ることができないと同じで、「鏡」(宗教=教え)が無ければ、自分を知ることができない…
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